日本三大悲恋物語とは?どんなストーリー?ゆかりの地も紹介します!

2021年5月27日

昔から悲しい恋を描いた物語はたくさん存在していますが、その中でも日本三大悲恋物語というのをご存じですか?

物語というよりも「伝説」といって差し支えない程、古い時代を舞台にしています。

僕も知っている物語もありましたが、調べてみると「一部分しか知らなかった!」ということが多く驚きました。

今回は日本三大悲恋物語について、おおまかなストーリーやゆかりの地について紹介したいと思います。

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日本三大悲恋物語1:松浦佐用姫伝説

日本三大悲恋物語の1つ目は松浦佐用姫(まつうらさよひめ)伝説です。

この物語は肥前の国 松浦郡という場所を舞台にしています。

今でいう佐賀県伊万里市、唐津市、松浦郡あたりです。

佐用姫は唐津市の豪族の娘だったとされています。

【ストーリー】
大伴狭手彦(おおとも の さてひこ)は、朝鮮に戦に出るために松浦を訪れました。

そこで佐用姫と出会い恋に落ちます。

しかし、朝鮮へ出発の日が訪れます。

佐用姫は鏡山(かがみやま)の頂上から領巾(スカーフのような布)を振りながら、船で出発する狭手彦を見送ります。

しかし別れに耐えかねた佐用姫は、鏡山から加部島まであとを追いかけます。

ちなみに鏡山から加部島までは20km以上あります。

この時代の海外への出征は、敵陣へ少ない兵力で向い、海の嵐などで命を落とすことも多かったのです。

そのため、海外への戦に出たら、今生の別れになる可能性が高い。

悲しみのあまり、加部島で7日間泣き続け、最終的に石になってしまったそうです。

後日談で、狭手彦の姿の形に化けて現れた大蛇に騙され、沼に引き込まれて死んだという話もある。

この物語は飛鳥時代に実際にあった史実をもとにしていると言われています。

この物語は、夫を一途に思う妻の鏡として、後の時代の歌に詠まれたり、能のモデルなどになっている。

鏡山は領巾(ひれ)を振って見送ったことから、通称 領巾振山(ひれふりやま)と呼ばれています。

ゆかりの地
佐用姫が石になったとされる加部島の東部に田島神社があります。

田島神社の境内に佐用姫を祀った神社があり、佐用姫伝説から恋愛成就のご利益があるとされています。

狭手彦を見送った鏡山には「ひれふり展望台」という見晴らしがよい場所があります。

ここに佐用姫像があるのですが、この表情が特徴的。

目を見開き、前歯を見せ、泣いているとも怒っているとも取れないなんとも言えない表情なんです。

石になるくらい泣いたら、こんな顔になるんですかね・・・

佐用姫伝説を題材にした小説も出ています。

日本三大悲恋物語2:羽衣物語

羽衣物語

日本三大悲恋物語の2つ目は羽衣(はごろも)物語です。

同様の伝説は日本のみならず、中国や朝鮮半島でもありますが、大きいストーリーは似通っています。

今回は滋賀県長浜市の余呉湖に伝わる羽衣物語(伝説)を紹介します。

【ストーリー】
昔、余呉の湖に、白鳥の姿をした8人の天女たちが水浴びをしていました。

その美しい姿に恋をした伊香刀美(いかとみ)という男が、天女が柳の木にかけていた1枚の羽衣を盗みます。

異変に気付いた天女たちは天界へ帰っていきますが、羽衣が無い1人だけ飛ぶことができません。

仕方なく天女は伊香刀美の妻となり、子供を生みます。

その後、夫が留守の間にどうにか羽衣を探し出し、天女は天界へ帰って行ってしまいます。

伊香刀美はいつまでも空をさみしく見詰め、ため息をついていました。

この他にも、夫が子守唄で「あなたの母は天女様、母の羽衣は藁の束の中」と歌っているのを聞いて、隠し場所がばれてしまう。

天界に帰って母無し子になったのを哀れんだ僧侶が育て、菅原是善の養子に出され、のちの菅原道真となった、という伝説が残っています。

ゆかりの地
全国各地に羽衣伝説は存在するため、ゆかりの地も多いです。

紹介した羽衣伝説でいうと、余呉湖の北側に天女像と、羽衣をかけていたと言われる柳の木が存在します。

しかし2018年の台風の影響で折れてしまい、根本部分だけが残っています。

日本三大悲恋物語3:竹取物語

竹取物語

日本三大悲恋物語の最後は竹取物語です。

平安時代に書かれた源氏物語にも竹取物語という表記があるため、日本で一番古い物語ではないかと言われています。

昔話として絵本などで聞いたことが多い物語だと思います。

僕は中学の古文の授業で冒頭部分が出てきました。

「今は昔 ~ いとうつくしうて居たり」まで、暗唱するように言われて、実は今でもこの部分は覚えています。

【ストーリー】
昔、竹取の翁(おきな)という人がいて、山で竹を切っては色々な物を作っていた。

ある時、1本の光る竹を見つけ、近寄ってみると9センチ程の可愛らしい女の子がいた。

家に連れ帰り妻に育てさせたが、その後竹を切りに行くと、竹から黄金が出るようになり、翁は徐々にお金持ちになる。

3か月程経つと、結婚適齢期の美しい女性に育ち、「なよ竹のかぐや姫」と名付けた。

その美しさに魅せられた5人の男はかぐや姫に求婚する。

かぐや姫は男たちに無理難題を言い、足蹴にします。

その噂は当時の天皇にも届き、かぐや姫は天皇と文のやり取りをするまでになります。

3年程経った時、かぐや姫は「8月15日に天から迎えの使者が来る、育ててくれた翁たちとの別れがつらい」と泣き暮らします。

それを聞いた帝は2000人の兵士を用意しますが、天からの使者たちを目の前にすると、力は抜け戦う気力も起きません。

悲しみの中、かぐや姫は翁に手紙と着物、天皇に手紙と不死の薬を残します。

天に帰っていくかぐや姫は、今までの事を忘れてしまいました。

悲しみに何も手が付かなくなった天皇は、一番天に近い山で、かぐや姫への手紙と不死の薬を焼くように家来に命じました。

意外に長いストーリーの竹取物語。

天皇も動かす美しいかぐや姫は、本当の意味で国を傾ける美しさを持っていたのでしょうね。

ゆかりの地

竹取の翁が住んでいた場所として有力なのが、広瀬郡散吉郷だと言われており、今の奈良県北葛城郡広陵町のあたりです。

ここには竹取の翁の本名である「讃岐の造」に通じる「讃岐神社」があり、神社としても竹取物語ゆかりの地と称している。

一番天に近い山で不死の薬を焼いたということから、その山をふしの山→富士山と命名した。

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まとめ

日本三大悲恋物語
・松浦佐用姫伝説
・羽衣物語(伝説)
・竹取物語

悲恋と聞くと、女性が悲しい思いをするイメージが強かったのですが、意外にも女性(天女)が帰ってしまい、会えなくなる、という男性が悲しむストーリーも多いのですね。

どの時代もラブストーリーは人の心を掴んでやまないようで、悲恋物語も長い間語り継がれています。

古文の勉強になりそうですし、もう一度日本三大悲恋物語を読み直してみたくなりました。

それから、今回解説したような「日本三大」シリーズは他にもいろいろあって面白いですよ!

※「日本三大」シリーズはコチラの記事でまとめているのでご覧下さい!

それでは!

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